インタビュー

申請主義をどう乗り越えるか(後編) ―手のひらに全ての福祉を―


見えない「助けて」をどう見つけるか

伊藤:ここまで、申請主義が抱える矛盾と、具体的にそれによって「助けて」の声をあげられずに社会的に孤立している「声なき声」があることをお話しました。
(参考:「申請主義をどう乗り越えるか(前編) ―本当に辛い時こそ「助けて」と言えない―」

ここから、申請主義の課題を乗り越えるために具体的に何ができるのか考えたいと思います。横山さん、どういった解決策があると考えていますか。

横山:いくつかあると考えています。一つは今までも話してきたスティグマの軽減で、社会的な偏見をなくす啓発やキャンペーンを行ったりです。もう一つはアウトリーチです。

伊藤:困っている人たちが来るのを待つのではなく、相談機関が積極的に支援や情報を届けていく、ということですね。

横山:はい。ただ現在行っているアウトリーチの多くは、申請主義を乗り越え、すでに制度を利用している人に行っていると言えます。

例えば訪問看護もアウトリーチのひとつですが、すでに可視化されている人が対象になっています。家などに支援者側が出向き、情報や支援を届けるというスタイルですね。福祉が未だ発見できていない人たちに、情報や支援を届けるアウトリーチの実践はほとんどありません。

しかし、そういった見えない当事者に支援を届けようとするアウトリーチの取り組みも始まっています。例えば、世田谷区烏山駅前通り商店街では、高齢者の見守りをポイントカードを活用して行っています。20日程度ポイントカードの利用がない場合に、商店街と世田谷区が連携して高齢者の安否確認を行う仕組みです。

伊藤:ポイントカードに着目し、普段の行動履歴から高齢者のハイリスク者を予測する。シンプルですが、すごいアイデアですね。

私たちの場合は、「死にたい」気持ちを抱えた子ども・若者が検索を行うという行動特性に注目したアウトリーチを実践しています。具体的には、Googleで自殺関連用語を調べた人に対し、検索連動広告を表示してサイトに誘導し、ネットで相談を受けています。

横山:子ども・若者がみんな持っているスマホと、死にたい気持ちを抱えた人ならではの行動パターンに注目してアウトリーチしているわけですね。

伊藤:そうですね。私は今後、自殺に限らずあらゆる分野で問題を抱えている人を抽出することが、テクノロジーによって可能になると考えています。散在するデータからハイリスク群を抽出するという情報疫学的なアプローチです。

これらはハイリスク者ならではの検索行動に注目したアドテクノロジーも一つですが、AI(人工知能)によっても可能になります。

情報疫学(infodemiology)

インターネットを中心とした電子メディア内に散在する情報をリアルタイムで収集・分析することで地域全体の健康への脅威を扱うアプローチ。Googleの検索クエリからインフルエンザの流行を予測するといった「Googleインフルトレンド」が情報疫学の嚆矢。

自殺に関するウェブ検索と自殺の危険性との間に関連があることを示した先行研究が多数ある。NPO法人OVAはこのような研究に基づき、検索連動広告を用いてハイリスク者を特定し、ネットで相談からつながり、現実の相談機関につなげる支援モデル(インターネット・ゲートキーパー活動。通称:夜回り2.0)を世界で初めて開発・実施。

人工知能は困っている人を見つけられるか?

横山:人工知能がハイリスク者を教えてくれる、という話ですね。

伊藤:そうです。今、米国の一部の警察では犯罪の予測をAIが行い、それをもとにしたパトロールで成果をあげています。企業も従業員の離職防止にAIを使ったりもしています。

大学で退学リスクの高い学生を抽出したり、学校で虐待リスクの高い学生を抽出したり、やろうと思えば色々なことができるはずです。医療や福祉のカルテも電子化が当たり前になり、カルテを入力するだけであらゆるリスクをスコアリングしてAIが教えてくれるようになると思います。

私たちの相談ではメールが来るたびに自殺のリスクアセスメントをしています。数えていませんが、この5年間で少なくとも1万回以上は自殺のリスクアセスメントをしているはずです。

しかしAIを活用すれば、瞬く間に1万回のアセスメントができるでしょう。「テキストから自殺の危険度を予測する」という勝負を私が人工知能とした場合に、まず「量」の面で勝ちようがないし、精度も勝てないような気がしています。もっとも介入は人間しかできませんけれどもね。

横山:量的には人間をはるかに凌駕するでしょうね。

日本でも介護の領域ではすでに人工知能がケアプランを立案する取り組みが進められています。ただ、人工知能があらゆるリスクを予測してくれたとしても、そこから実際にかかわるのは人間です。人工知能は困っている人をみつけることができても、手を差し伸べる事はできないですからね。

伊藤:そうですね。対人支援そのものがAIに代替されることは当面ないと考えていますが、医療や福祉の現場でのアセンスメントでAIを補助的に利用した方が、よりよいサポートにつながるのではないかと考えています。

ハイリスク者のスクリーニングは、現時点の技術でかなり多くのことができると私は考えています。問題はむしろハイリスク者が可視化できても、それを受け止める受け皿がないことや、パターナリズムの問題かと思います。

つまり、見ず知らずのうちに自分の抱えている問題や悩みがAIによって予測され誰かに伝わっていたら「監視されていて気持ちが悪い」と感じる人も出てくのではないかということですね。

すでにビジネスの場面では、GAFAに代表されるグローバルIT企業がビッグデータを用いた極めて細やかな個へのマーケティングを行っています。自分のネット上の振る舞いが常に見られ、趣味嗜好が同定され、行動が予測され、適切なタイミングで適切な情報を届けられているのです。

GAFA

グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)4社の頭文字をとったもの。4社のビッグデータ独占の文脈で使われることが多い。

横山:しかしそういったビッグデータを用いた企業のマーケティング技術は、困っている人を見つけて情報を届けるという意味で参考にできることは多いはずですよね。今まで企業の情報発信はテレビやラジオのCM、ポスター、つり革広告のようなマスマーケティングでしたけれど、インターネットによる細やかなターゲッティング広告へとシフトしていますからね。

伊藤:若い人だと、そもそもテレビとか見ないですね・・。インスタ眺めたり、youtubeやtiktokとかの動画を見たりとかですかね。行動履歴から個人の興味関心にあった動画がリコメンドされるような時代なので、個人に合わせた細やかな広告が広まっていますね。

公的サービスの99%が電子化しているデジタル国家

伊藤:横山さんは申請主義の解決策として「プッシュ型行政」を提言していて、具体的にエストニアなどを例に出していましたね。

横山:そうですね。企業のように、マスではなく細やかな「個」に情報を届けていく行政のあり方に変わっていく必要があると思います。「プッシュ型行政」というのは窓口で待つのではなく、市民が利用できる制度などの情報を積極的に情報発信するということですね。

伊藤:「プッシュ型行政」の実現にはオンライン化は一つの鍵ですよね。エストニアでは国民が市役所に行く必要がないと聞きました。24時間申請できるし。

横山:そうみたいですね。働いている方が9時~17時の間に有給とって、役所に行って書類を得たり、何かを申請したりするような必要はなくなりますね。また、国民IDカード取得が義務付けられているようです。

伊藤:オンライン化することで物理的・時間的制約をとりのぞき、手続きへのアクセシビリティを高める事ができますね。これは国民全体の利便性を高める事ですが、助けを求めるのが困難になって孤立している人にとっても、支援へのアクセシビリティを高められます。

一方で高齢者など「ネットが苦手」という層もいるので、そういった配慮は考えなくてはいけませんけれどもね。

横山:エストニアはデジタル国家ですが、人口が約130万です。横浜市の人口370万より人口規模は小さいです。日本の人口規模は100倍近くなるわけで、あらゆる行政サービスのオンライン化をエストニアのように一律にできるかは分かりません。まずは市区町村単位で実験的に始められるといいかもしれませんね。

手のひらに全ての福祉を

伊藤:ここ数年「パブリテック」という動きが始まっています。最近出てくる言葉は何でも「~テック」だな、というツッコミはおいておいて、こういった流れは行政運営の効率化のみならず、福祉的な観点から見ても重要だと思います。なぜなら国民の福祉へのアクセシビリティを高められるからです。

支援が必要であるにもかかわらず、申請主義とスティグマの壁に打ちひしがれて社会的に孤立したり、場合によってはいわゆる孤独死や自殺に追い込まれる人がいるわけです。OVAでは相談者がスマホを持っていればネット上で相談できるようにしています。あらゆる行政サービスも、スマホからワンクリックで申請できるようにする必要があると思います。手の平から全ての福祉につながるようにですね。

先ほど話した、生活保護の申請で起こる水際作戦や、社会の心理的水際作戦のそびえたつ壁も、スマホからワンクリックで申請できたら乗り越えられるでしょう。繰り返しですが、補足率をあげることで社会保障費はさらに上がります。オンライン化だけではなく自動化して効率化しないと財政破綻しますから、そのあたりは検討しなければなりません。

パブリテック

公共(public)と技術(technology)を掛け合わせた造語。
行政のデジタル化やスマートシティ実現などの文脈で使われる。

横山:そうですね。福祉の観点から見ても重要だと思います。ただ、国民の福祉の問題とテクノロジーついて両方理解し、語れる人材が福祉側にいないことだと思います。こういった人材を育てていくこと、両専門家が議論する機会も必要だと思います

伊藤:そうですね。福祉は対人支援にかかわる業務を行う人が大半で、急激に進化するテクノロジーに関しての理解がなくても、今までやっていけていた側面があります。ただ、今後はどうでしょうか。

医療では遠隔医療が始まり、相談という広い分野で言えば今年から国や地方自治体がSNS相談を「自殺・いじめ・虐待」の領域などで本格的に始めました。今後オンラインでの支援も当たり前になるでしょう。私もそうでしたが、ITとかテクノロジー、人工知能って「愛」とか「優しさ」がなくて、冷たいイメージが想起されるから、好きになれないんですよね。特に福祉的な仕事をしている人は、人と人とのface-to-faceのかかわりあいを大切にしているように感じます。

私は、テクノロジーを利用して、どうやって人間同士が支え合う社会をつくるかを考えたいと思っています。良くも悪くも、人工知能にしても、その進化が人間らしさを高めるのではないかと思います。人間とは何か、生きるとは何かについて、直面せざるをえないからです。急速なテクノロジーの発展に誰もあらがえません。

それについて対立しようとしたり、忌避するよりも、むしろテクノロジーを用いて人間らしい助け合いの社会、ノーマライゼーションをどう実現するかの方がはるかに建設的に思えます。

横山:そうですね。社会福祉、対人支援に関係するさまざまな社会システムにおいて、テクノロジーをどのように活用していくのか。今こそ、さまざまな分野の人たちで議論していくべきことだと思います。

伊藤:今日はありがとうございました。

編集後記(伊藤)
「助けてと言えない」のは個人の問題か?

「助けて」と声をあげれずに社会的に孤立している「声なき声」があるという話をしました。その上で、支援を求めるのを阻んでいるものとして、社会的なスティグマ、そして申請主義があるという話をしました。そのうえで、それを乗り越えるためには行政や相談機関が積極的なアウトリーチをしたり、社会的なスティグマを低減していく施策を行うことも重要だという議論を横山さんとしてきました。

ただ、それだけでは足りず、申請主義の課題を乗り越えるために、もう少しダイナミックなシステムチェンジが必要です。

その一つの処方箋として、パブリテックを推進し、手に持つスマホからあらゆる福祉や支援につながるという社会が考えられます。

NPO法人OVAでは助けを誰にも求めらず、社会的に孤立している「声なき声問題」とその解決策について考えたく、調査も行ってきました。その中での気づきとして最も強調したいことは、助けてと言えないのは個人の問題として還元できえないということです。

「相談することは格好悪い」「うつ病になるのは心が弱い」そういった社会のスティグマは、明らかに個人が「助けて」を言わせない雰囲気をつくっています。またパワーレスになっている状態で、行政の窓口に足を運べない人もいるでしょう。「助けて」が言えないのはそれを言わせない、それを受けとめられない社会の問題でもあるのです。

私はこういったあらゆる壁をとりのぞき、誰もが支援・福祉にアクセスできるフラットな社会システムを創造したいと考えています。それは弱い人間同士が寄り添い、支えあって生きるためです。そのためにはダイナミックなシステムチェンジも必要になるかもしれません。

それは私ひとりの力では到底難しいです。まずはこの申請主義をどう乗り越えるのか?という勉強会「(仮)ポスト申請主義を考える会」を横山さんと立ち上げたいと思いますので、この問題に興味のある方は以下のフォームからご連絡ください。

こちらの記事への感想もお気軽にご記載いただきたいですし、SNSでもシェアして議論をしてほしいです。何かこの問題に取り組んでいる方や情報があれば教えていただけると幸いです。以下のフォームからご連絡いただいた方には勉強会やイベントを行う際はご連絡させていただきます。セクターは問いません、ぜひ仲間になってください。


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