前半の「アウトリーチの定義」の記事では、訪問支援全般の意味で使われることが多かった「アウトリーチ」が、看護や精神科の訪問支援だけでなく「支援者が支援が必要な人を発見し、積極的に情報や支援を届ける」という定義に広がってきていることをお話ししました。
この記事では、支援が届いていない人に届けるためのアウトリーチ実施のために必要な考え方について説明します。
アウトリーチを必要とする人
訪問支援などのアウトリーチの場合は支援・制度利用への申請を前提としており、対象者が誰なのかがわかっています。
しかし、支援・制度利用が申請されていないと、訪問にすらつながらず、相談機関に訪れない当事者もいます。
例えばひきこもり状態にある人、生活に困窮してホームレス状態の若者、子育てで困り果てて心身の健康状態が悪いお母さん、性被害に合って誰にもSOSを出せない女性、死にたい気持ちを抱えて誰にも言えない子ども・・。
「見えない当事者」にはどうすれば情報や支援を届けられるのでしょうか?
それを考えるためにはそもそも相談機関へ助けを求められない理由について考える必要があります。
支援が届かない要因
相談機関で相談や申請を受け付けていても、支援が届いていない当事者がいます。
そういった人たちはなぜ支援機関に訪れないのでしょうか。
NPO法人OVAが2018年に行った「「声なき声」に支援を届ける ―新たなアウトリーチ展開のための調査―(※1)」では、若者支援に関わる機関に困っている人が「支援をなかなか求められない理由」について聞きました。
その結果、①スティグマや恥がある(社会・環境要因)、②情報発信の不足(支援機関の要因)、③援助希求能力が低い、支援への不信感(当事者の要因)があげられました。
SOSが出せないのは単純に個人の援助要請能力(help-seeking)の問題ではなく、社会のスティグマがあります。
例えば、「うつ病になるのは心が弱いからだ」といった間違った考え方・偏見が社会にあると、精神科に心理的な抵抗が生まれてしまいます。
性被害に合っても「被害にあうのは派手な格好をしていたからだ」「被害者も悪い」といった間違った思い込みや考え方が社会にあれば、SOSを出しづらくなってします。
「男性は弱音を吐くべきではない」「男性が相談するのは格好が悪い」といった考えも、男性のSOSを出すことの障壁となります。
これだけではありません。支援機関の情報が届いていない、ニーズにマッチした支援機関がないので相談できない、といった社会側の問題もあります。
支援機関に訪れない方について理解する上で最も重要なことは、「SOSを他者に発信できないのを個人の問題として還元しない」という視点です。
見えない当事者に支援をとどけるために、個人に働きかけるだけでなく、社会にも働きかけていく必要があると言い換えることもできるでしょう。
見えない当事者を発見するためのプレ・アウトリーチという考え方
いわゆる訪問支援全般を意味する従来の「アウトリーチ」は、すでに当事者側から相談機関への支援の申請があって行われます。
つまり、支援機関から当事者は見えており、すでに「相談者」です。
ここからは、そのような訪問支援的な意味でのアウトリーチと、まだ会えていない当事者に支援を届けるアウトリーチを2つに分類してみます。
後者の会えていない当事者に情報や支援を届けるアウトリーチのことを、OVAでは「プレ・アウトリーチ」と呼んでいます。
プレ・アウトリーチの意味は「支援を必要としている人が、最適な支援につながるようにアクセシビリティを高めること」と定義し、従来のアウトリーチの定義よりかなり広範なものとなっています。
2017年7月25日閣議決定された自殺総合対策大綱で謳われている「自宅への訪問や街頭での声がけ活動だけではなく、ICT(情報通信技術)も活用した若者へのアウトリーチ策を強化」といったものはプレ・アウトリーチと言えるでしょう。
プレ・アウトリーチの事例
私たちOVAの取り組みも、自殺対策の分野でのプレ・アウトリーチ的な取り組みと言えるでしょう。
地域の若年層の自殺ハイリスク者を特定して支援するために、Googleを使ってハイリスク者のスクリーニングを行います。
特定の自殺関連用語を調べているユーザーのみに対して広告を表示し、LINE等SNSやメールでインターネットで相談を受け、現実の援助機関につなぐ活動です。
このようなSNSを活用した相談事業は現在、国を挙げた事業となっています。
SNS相談は「今まで相談するのに高かったハードルを下げ、そうした人たちを具体的な支援に迅速につなげるための非常に有効な「入口」となり得る可能性がある」もので、対面や電話では今まで出会えなかった若者へのアウトリーチとして行われています。(※2)
つまり、これは見えないハイリスク者に対してICTを用いてアウトリーチしており、プレ・アウトリーチ的な施策だと言えるでしょう。
他にも、人口知能を使ってハイリスク者を特定する取り組みも国内で始まっています(※3)。
今後、人工知能やテクノロジーの発展と共に、ネット上に散在する情報をリアルタイムで収集・分析してハイリスク者に情報や支援を届けるプレ・アウトリーチは広がると考えられます。
その他にも、若年層ホームレス状態にある方へ支援を届けるために、ネットカフェと連携してバナー広告を出したり、冊子を置いて支援につなげる取り組みも見られます。
プレ・アウトリーチ策をつくる方法
こういったプレ・アウトリーチ策をつくるためには、どうすればよいのでしょうか。
結論から言うと、これには3つのステップがあります。
1.対象化
1つ目は支援を届けたい対象の明確化です。
「困っている女性」といった設定ではなく「20代女性で新宿区に住んでいて、死にたい気持ちを抱えていて女性」のように、具体的・明確にしていく必要があります。
さらにその人が、どのような困りごとを抱えていて、どのようなサービス(支援)なら利用したいと思うか、ニーズの深堀をしていく必要があります。
2.設計
2つ目はサービス(支援内容)の設計です。
1で明らかにした対象の困りごとを解決できるような支援サービスを設計する必要があります。
例えば10代向けにいじめ相談を提供したいのであれば、子どもたちのスマホ利用の実態に合わせてLINE相談にするなど、ニーズや実態にあったサービス設計が必要です。
3.コミュニケーション
3つ目のコミュニケーションは「どうやって情報を届けるか」です。
これを考える上で最も重要なことは「情報を届ける接点を設けること」で、1で対象化された人の行動の分析する必要があります。
先にあげた取組では、自殺ハイリスク者の若者がスマートフォンをつかって自殺関連用語を調べるという行動パターンに注目し、そこで接点を作ります。
ホームレス状態にある若年層がネットカフェ(漫画喫茶)にいるという行動パターンを分析して、PCのバナーを接点とすることもあります。
こういったアウトリーチポイントを設定した上で、どのようなメッセージを、どのような媒体(メディア)に載せるかを考えます。
メッセージを送る際には、「これは自分のことだ」と思ってもらえるように対象化された人の心理(インサイト)を想像しながら、共感的なメッセージを送ることが重要です。
見えない当事者に支援を届けるプレ・アウトリーチ策の具体的なつくりかたは
- 支援を届けたい対象を明確化し
- サービスを作り
- アウトリーチポイントを同定し
- コミュニケーション方法を考え
- 媒体(メディア)を決めていく
というステップが必要です。
今後の展望とできること
NPO法人OVAでは、自殺リスクが高い人へ支援を届けるためにICTを用いたアウトリーチを行ってきました。
前例のない取り組みとして国際誌への論文投稿を自ら行っていたり、最近ではイギリスの戦後公衆衛生の歴史書に新たな公衆衛生的なアプローチとして紹介されています。(※4)(※5)(※6)
NPO法人OVAは支援が必要な人に支援を届けるために調査を行ったり、支援を届けるためのフレームワークを生み出し、研修なども行っています。
また、様々な団体と協働し、見えない当事者に支援をとどけるアウトリーチ事業も2019年5月から始めました。
今、この瞬間も「助けて」と言えずに一人で悩み、抱え込んでいる人がいます。
私たちは様々な団体と共創的にアウトリーチを行い、支援を届けていきます。
引用文献
※1 トヨタ財団 2017国内助成「しらべる助成」 「声なき声」に支援を届ける ―新たなアウトリーチ展開のための調査
http://toyotafound.force.com/psearch/JoseiDetail?name=D17-LR-0029
※2 厚生労働省 自殺対策におけるSNS相談事業(チャット・スマホアプリ等を活用した文字による相談事業)ガイドラインの公表について
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04228.html
※3 WIRED「機微を読む人工知能」が人命を守っているという事実:FRONTEOとLITALICOが挑む「障害のない社会」
https://wired.jp/2016/12/12/vol26-fronteo/
※4 Sueki, H., & Ito, J. (2017). Appropriate targets for search advertising as part of online gatekeeping for suicide prevention. Crisis.
※5 Sueki, H., & Ito, J. (2015). Suicide prevention through online gatekeeping using search advertising techniques: A feasibility study.Crisis 36(4), 267-273.
※6 『Placing the Public in Public Health in Post-War Britain, 1948–2012』(ISBN 978-3-030-18685-2)「Changing Publicness」Palgrave
https://www.palgrave.com/gp/book/9783030186845